辺見和雄という人物を一言で表すなら“変人”という言葉に尽きると思います。一癖も二癖もあるキャラクターばかりのゴールデンカムイでは変人なんて珍しくないのですが、辺見和雄はその中でもかなり上位に位置する変人でしょう。辺見和雄登場時点では、彼が一番異常な性癖というか、願いを持った人物なのではないでしょうか。鶴見中尉のような頭のネジが外れている他キャラクターでも、確かな野望を根底に持ったうえで動いています。しかし、辺見和雄においては、確かにその行動の原動力はありますが、それは常人には理解しがたいものです。彼の行動原理は必死に抵抗したうえで死ぬことにあるのですから。彼は根底から歪んだ人物なのです。

彼の根底にある願い―必死の抵抗の末、誰かに殺されたい―からすでにその異常性がわかると思いますが、さらにその異常さを特徴づけるものを彼は持っています。それは抑え難い殺人欲求です。そして、なにより不気味なのは彼にとって殺人とは息をするのと同じようなものだという点でしょう。

網走監獄で辺見と関わりのあった白石は最初、礼儀正しく人当たりの良い普通の男だという印象を受けていました。しかし、その印象こそ辺見和雄という殺人鬼の隠れ蓑になっているのでしょう。だからこそ、彼は不気味で、より一層異常なのです。辺見は誰かをぶっ殺したい、誰かにぶっ殺されたい―相対する二つの感情を持ち、人殺しに臨む死の欲動に憑りつかれた狂人といえます。

辺見和夫がここまで異常なある種の性癖を持った殺人鬼に至ったのにもきっかけがあります。彼が幼少のころ体験した出来事が彼を殺人鬼“辺見和雄”たらしめているのです。

辺見は裏山に竹林がある家で育ちました。そこには大きなイノシシが住み着いており、ある日そのイノシシに彼の弟が食い殺されるという事件が起こってしまいました。そして、弟が巨大な獣になすすべなく殺されるのを辺見和雄は目撃してしまっていました。弟が必死の抵抗のなか、恐怖のうちに絶望して死んでいく目を辺見和雄は見ていたのです。彼はその目を思い出す度に“誰でもいいからぶっ殺したくなる”と言っています。つまり、辺見の歪んだ欲望や願望は彼の過去―弟の死―に起因しているのです。

脱獄囚の多くは金塊に目がくらみ、逃げ出したようですが、辺見和雄は金塊に興味はないと語っています。やはり彼の行動の根底には一貫して、誰かを殺したい、誰かに殺されたいという欲望があるのでしょう。

彼の矛盾した生の目的ともいっていい“被殺害欲求”についてさらに詳しくいうなれば、ただ単に殺されるだけではだめで、弟のように必死に抵抗も虚しく殺されたいというのです。金塊より彼にとってはそれこそが重要で、恐らく、それが彼のすべてなのでしょう。

辺見は「ヤン衆」（ニシン漁のために雇われ、日本海岸に集まった季節労働者）に紛れ込んでいながら、殺人を行っていました。それは自分の存在を、自分を狙う誰かに見つけてもらうためでもあります。彼は巻いた餌に引っかかった獲物を狩るのではなく、狩られたかったのです。

辺見和雄の最後を見て、ふいに頭をよぎったのはこの台詞でした。ゴールデンカムイとは全く別物のワタモテの主人公もこっちの言葉です。これは言い得て妙、辺見和雄にも当てはまる表現でしょう。

辺見和雄は浜辺で杉本に殺されかけた瞬間、岸までやって来たシャチ（レプンカムイ）に襲われ、海に引きずり込まれていきます。そこでシャチに投げ飛ばされたり、尾ひれで跳ね飛ばされたりして、なすすべなく死を迎えることになりました。自然の化け物に襲われて死ぬ―抵抗も無意味に終わるほど強大なものに殺される―それはまさに辺見和雄が望んでいた事です。だからこそ、辺見はシャチに襲われながら思ってしまいます。“想像を超えるこんな死に方・・・・・最高だッ！！”と。つまり―

「あいつはド変態だ。それ以上でもそれ以下でもねえよ」

ということです。

ゴールデンカムイのキャラクターの多くには、モデルとなった実在した人物がいます。そして、これほどまでに異常な変人、狂人である辺見和雄にも実はモデルが存在するのです。辺見のモデルとなったその人物はヘンリー・リー・ルーカスというアメリカの連続殺人犯と言われています。

ヘンリー・リー・ルーカスが殺人を犯すようになった根本にあったのは母親の虐待とその記憶でしょう。彼の母親ヴィオーラは売春婦で、ヘンリーは幼少のころから彼女から虐待を受けていました。ヴィオーラはヘンリーを女装させ殴りつけたり、彼に自身の性交を強制して見せつけたり、とにかく異常でした。

母親の影響に晒され続けたヘンリーもまた歪んだ性癖をもつようになります。彼が初めて殺人を行ったのは１４歳の時、そして２３歳まで出所と服役を繰り返すしますが、その年に恋に落ち、恋慕を抱いた女性と一緒に暮れそうとヘンリーは決意します。しかし、その女性も母ヴィオーラの生でヘンリーのもとから離れていってしまいます。彼はまた母により孤独にされたのです。ある日ヘンリーはヴィオーラの罵倒に耐えかね、彼女を殺害しますが、彼の心はずっと母に支配されたままだったと言います。

刑務所に入れられていたヘンリーが仮釈放されたのは、彼が模範囚だったからというより、ベトナム戦争の泥沼化で、財政が圧迫されていた背景があったからでしょう。ヘンリーは釈放後再び殺人を繰り返します。1983年の再逮捕された彼が殺害した人数は３００人を超えると言われています。

辺見和夫とヘンリーは殺人鬼という点で一致していますが、それほど多くの共通点はないようにも思われるでしょう。あくまでヘンリー・リー・ルーカスは辺見のモデルであって、辺見そのものではないのですから、生い立ちや性格が違ってもなにもおかしくはありません。

共通点があるとするなら、両人とも意識的であれ、無意識的であれ過去の出来事に強く固執している（させられている）ことかもしれません。ヘンリーは母親とその影に歪められ、辺見は弟の死に歪めたられています。そして、それら以上にヘンリーが辺見のモデルだと言えるのは彼の残した言葉にあります。

ヘンリーは「殺人は息をするのと同じだった」と述べていました。これは看守が辺見という人物を表すのに用いた表現でもあります。ヘンリーとの共通点こそ多くないものの、やはり辺見というキャラクターの下地にはヘンリー・リー・ルーカスがあったのでしょう。

辺見が自分を狙うものを呼びよせるためにまいたエサに引き寄せられた杉元たちでしたが、そこには金塊を狙う第七師団と、同じく金塊を狙う土方歳三もいました。そのため、第七師団率いる鶴見中尉は杉元がアイヌ（アシリパ）と組んでいることを知り、白石を尾行してその場にやって来ていた土方はその目で杉元を見て、彼に興味を持ち始めます。その点では辺見はストーリーの流れにおいて、ターニングポイントとまでは言わないまでも、一定の役割を果たしているのではないでしょうか。

２０１８年４月９日より放送のアニメ版ゴールデンカムイですが、すでに辺見和雄の声優も発表されています。恐らく今期アニメキャラでも異常度（変人度）でいえば、上位にくいこむであろうその辺見和雄を演じるのは、関俊彦さんです。多くの人が知っていると思われるキャラクターでいうと、NARUTOのイルカ先生、忍たま乱太郎の土井先生、 HUNTER×HUNTER（第２作）のウィングの声をやられている方です。関俊彦さんは今まで幅広い役柄を演じてこられた方ですから、ゴールデンカムイの変人キャラクター辺見和雄も巧みに声を吹き込んでくれると思います。

ここまで、辺見和雄のあれこれを書いてきましたがいかがだったでしょうか？辺見という異常な殺人鬼の性癖や過去をはじめ、彼のモデルとなったヘンリー・リー・ルーカス、春アニメゴールデンカムイで彼の声となる関俊彦さんについて知りたいことを提供できていたなら幸いです。