引用: https://www.instagram.com/p/BI67LrwjErc/
東山温泉開湯1300年、その中にあって創業130年を誇る「はなれ松島閣」。本館「庄助の宿瀧の湯」の名前で親しまれている旅館の施設も自由に使えるとあって温泉三昧、しかも全室露天風呂付きという宿です。各室全ての設いを変えてあるので、何度でも行きたくなるという旅館です。
引用: https://www.instagram.com/p/BlXiaxdHg2n/
川を隔てた向こう岸には、客室から眺められる能舞台「花心殿」が作られ東山温泉の芸妓さん達の仕舞いなどを楽しむ趣向もあり、夕食後の幽玄な刻を楽しみ、足湯でくつろぎ、料亭での夕食で歓談し、バーラウンジで余韻を楽しむといった雅びの時間を遊ぶことが出来る名旅館です。
はなれ「松島閣」
窓いっぱいに広がる緑 体いっぱいで感じる癒しの風 心地よく感じる自然の息吹 「こころ」と「からだ」を癒す「しつらえ」
引用: https://www.instagram.com/p/BocnjZ5FShm/
山号「瑠璃光山」といえば、本尊は薬師如来でしょう。古く日本人は西方極楽浄土や東方瑠璃光浄土を求めてきました。勝常寺の本尊も薬師如来です。行って見ると、会津盆地のさりげない小さな寺院に見えますが、創建当時は堂々たる七堂伽藍の大寺院だったそうです。
引用: https://www.instagram.com/p/Bak2sq2Fzu4/
御朱印を見ても解りますが、会津地方の薬師如来信仰の中心で、現存する薬師堂は国指定の重要文化財、木造の「薬師如来及び両脇侍像」は国宝仏が全くない東北地方最初の国宝仏として、平成8年に指定されました。他にも重要文化財の平安時代に作られた仏像が多く、観る価値十分の寺院です。
引用: https://www.instagram.com/p/959P2lqwVA/
会津若松市から少し走って、緑の多い高台へ入っていくと、東山温泉に着きます。しっとりした温泉街で、夕方から夜には会津若松市の町なみが遠くに見渡せて、明滅する光にその過酷な歴史を感じます。
引用: https://www.instagram.com/p/BobWdnrh4XI/
当館の最大の売りは、夕食、朝食そろってのバイキングです。70種類ものメニューを揃え、さらにテーマを絞って日本各地の料理を出すなど、大変人気があります。また中空へ飛び出たような露天風呂からも会津若松の夜景が見えるのもなんとも心地よいのです。
東山温泉御宿東鳳公式サイト|絶景露天風呂が人気の宿
会津東山温泉の御宿東鳳(おんやどとうほう)は、眼下に会津の城下町を望む絶景の大展望露天風呂とオープンキッチンでライブ感たっぷりのバイキング「あがらんしょ」が自慢の宿です。感謝の心と笑顔で皆様をお迎えいたします。
引用: https://www.instagram.com/p/Bp7N84PDdDo/
明治時代の鉄道開通と共にその存在意義が薄れましたが、かつては会津西街道の重要な宿場町でした。当時の宿場町の雰囲気がたいへん美事に残り、寄せ棟作りの民家が建ち並ぶ姿は、在りし日の日本の光景を良く物語っています。
引用: https://www.instagram.com/p/BpW69FVgiEe/
長野県「妻籠宿」「奈良井宿」に続く、全国3番目の「重要伝統的建造物群保存地区」として最近は多くの観光客が訪れます。土産物や蕎麦屋などが並び、なかでも名物の「高遠そば(ねぎそば)」は、ドンと会津蕎麦の中にふとねぎが一本ついて大変驚きます。会津の地酒も多く左党の人はお土産として購入しています。
大内宿観光協会
大内宿は、会津城下と下野の国(日光今市)を結ぶ32里の区間の中で会津から2番目の宿駅として1640年ごろに整備された宿場町です。
昭和56年4月18日 重要伝統的建造物群の指定を受けることに至り、通年を通し約120万人の観光客が訪れるようになりました。
引用: https://www.instagram.com/p/BpqDHAtB2w7/
東山温泉は、戊辰戦争の最中、新撰組の土方歳三が重傷を負い、ここ東山温泉で治癒に励んだ岩風呂や、竹久夢二の碑などがあり、会津若松同様に歴史好きの人にも好まれる温泉です。
引用: https://www.instagram.com/p/Bo5EZh0HgcQ/
この「向瀧」もその歴史を感じるごとく、国登録有形文化財の建築で、堂々たる意匠をまとった温泉旅館です。その門構えを越えて入館すると、まるで歴史の扉が開いたかのような気分さへしてきます。風呂や何気ない廊下、いかにも旅館の番頭さんという感じの案内など泊まるだけでも十分な価値を感じます。
引用: https://www.instagram.com/p/Bp70SuOFNjd/
会津若松のランドマーク、会津若松城(鶴ヶ城)は戊辰戦争では、負けはしたものの落城はしていません。難攻不落の城としてその威厳と誇りを保ったのです。明治7年に取り壊されてしまいますが、熱意ある人たちによる寄付により平成23年に復元されました。したがって歴史的建造物としての価値は低いのは仕方在りません。
引用: https://www.instagram.com/p/BplROqRFXgs/
しかしながら、会津人の心を感じるには十分な城郭で、中は天守閣博物館として楽しむことが出来ます。また城内には、千利休の子、小庵が建てたとされる「茶室麟閣」があり、利休亡き後、会津藩が小庵をかくまい、その後の茶道の隆盛に繋がったとされる重要な茶室です。
引用: https://www.instagram.com/p/BmnuYqtBcei/
源泉掛け流しの温泉付きの客室や、展望露天風呂のある和室など、隠れ家の温泉として最高のお籠もり宿です。一方、家族や女子会などでは、清流の流れる「川どこ」という名の典雅な設いの野外料亭など、四季の美しい移ろいを目に焼き付けながらの食事は想い出も深いものとなるでしょう。
引用: https://www.instagram.com/p/BSYJ6vhAPuv/
地場産の野菜と福島のA4クラスの和牛など贅を尽くした食事は、この優雅な野外料亭にこそ相応しいのではないでしょうか。宿に沿って流れる湯川の流れを眺めながらの大浴場、無色透明な湯は、43度で一般的な適応症をほとんど含む泉質です。
引用: https://www.instagram.com/p/Bpn3hU2gwXu/
日本人がこよなく愛してきた「忠臣蔵」などと同じ、「義」に生きた会津白虎隊の少年たちの最期を遂げた地です。お土産屋さんが並ぶ通りから、歩く歩道を行き、そこからぐいぐい高さを稼ぎ、飯森山の上に立つと、会津若松城が見えます。その悲劇は、今も語り継がれていて、その後の会津藩の扱いと共に、封建時代のこととはいえ、戦争の悲惨さに、心揺り動かされます。
引用: https://www.instagram.com/p/BpcQZgClMYQ/
ここには白虎隊記念館があり、その遺品や戊辰戦争の遺物が展示されていて、年端も行かない少年の死をまざまざと見る思いです。落城したと思い込んで自刃を決行した20人の隊士の中、一人生き残った飯沼貞吉の墓があり、鶴ヶ城を見渡す少年対の像は心ざわめきます。
引用: https://www.instagram.com/p/BgvDAMWBd-b/
源泉掛け流し、客室は派手さは無く丹誠で実に居心地の良い宿です。入口も大仰な仕掛けもなく、まるで木賃宿のような感じなのに、中に入った瞬間から、ただ事では無いぞ、と思う設いに感動します。
引用: https://www.instagram.com/p/BhMQytshGB2/
会津各地から集めたのでしょうか、「蔵」を組み合わせた食事処と、その中央に、豪農の居間のような場所があり、夕食後は温泉地の本物の芸者さんや語り部の方が、当地の昔話などを聞かせてきれます。初めて泊まった折には、大河ドラマ「新撰組」の錚々たる俳優陣が泊まった時の写真がさりげなく張ってあり印象的でした。
引用: https://www.instagram.com/p/BpX-4wKnDbr/
会津地方は日本酒の名だたる醸造所が目白押しです。その会津地方の酒蔵を巡るのは日本酒好きに留まらず、建築好き、カフェ好きにも感じるものがあると思われます。最近の日本酒は高級な白ワインを思わせる味わいなど、世界的にも人気を博しています。
引用: https://www.instagram.com/p/BmSv2nkFNWR/
会津若松の廣末酒造、大人気の「飛露喜」を作る会津坂下の廣木酒造や大内宿方面の「国権」などキリがありません。桜の時期には花見に合わせた半濁りの、また紅葉の時期には、と地元でしか飲めない日本酒を味わうには実に楽しいエリアです。東山温泉の各旅館で、それらの日本酒が飲めるのは当然のことです。
会津、東山温泉の旅館情報とそこを拠点に行ける興味の尽きない観光スポットを紹介しました。会津はこれから冬に向かいますが、春まで待たずとも、冬の魅力も満載の温泉地です、会津の旅のヒントになれば幸いです。