ヨルダンの観光について
考古学ファンの中には「いつかヨルダンを旅行するのが夢だ」という方も多いのではないでしょうか。ペトラやジェラシュ遺跡、アムラ城など、大地震の被害に見舞われながらも、原形をとどめた荘厳な形で残っている遺跡も数多く、一度は自分の目で確認してみたいですよね。そこで、誰もが気になるのは「治安」の問題。外務省のサイトによると、現在、シリアとイラクの国境は、「立ち入り禁止区域」になっています。もちろん、ほかの観光地も十分注意が必要で、デモや政治的な集会には近づかないようにし、地元の人に政治や宗教の話を振ることは極力やめておかれることをお勧めします。テロ関連以外の国自体の治安はおおむね良好です。
詳細情報
海外安全ホームページ: 危険情報詳細(ヨルダン)
海外に渡航・滞在される方々が自分自身で安全を確保していただくための参考情報を公開しております。
①高さ80メートルのシークを抜けるとそこは『ペトラ』
引用: https://www.flickr.com/photos/bribri/2368512171/
ペトラ(Petra)は、死海とアカバ湾の間に位置し、死海からは約80km南にある遺跡。1985年に、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。紀元前1200年頃に、エドム人がこのペドラに住み始め、その後、エドム人を征服したナバテア人の有力都市として栄えたそうですが、なにぶん聖書の時代のことなので、なかなかイメージはしにくいですよね。749年のガリラヤ地震で、この街は崩壊したそうです。2014年の時点で、まだ85%が未発掘とのことなので、これからの調査が楽しみですね。写真のシーク(the shaft)は、エル・カズネ(宝物殿)への入り口。高さ80m、全長1.2キロにも及ぶ通路です。馬車の利用が認められています。
気分はヨルダンのインディージョーンズ「エル・カズネ」観光
引用: https://www.flickr.com/photos/73577218@N00/4657573467/
写真は、エル・カズネ(Al Khazneh、宝物殿)。古代都市ペドラのシンボル的建物です。岩肌を削って作られています。紀元前100年から紀元後200年の間に原型が作られたとみられています。大きさは、幅30m、高さ43mと巨大で、用途は「王の墳墓」。午前中か遺跡が夕日に染まる夕方が観光のベストタイム。1986年のハリウッド映画「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」のロケ地になりました。
見落としたくない!日本でも古代のヨルダンでも共通の可愛らしさ
引用: https://www.flickr.com/photos/seetheholyland/5748358753/
見落としがちなモザイク細工。ヨルダンではさまざまな遺跡で見ることができます。現在でも十分女性にウケそうな「可愛らしい」鹿ですね。
古代ヨルダンでお葬式が行われた「オベリスクの墓」観光
引用: https://www.flickr.com/photos/stepnout/2337019043/
写真は「オベリスクの墓」。一階部分が、葬儀などを行う部屋で、二階がお墓になっています。
展望台からの風景は最高!「アーンの墓」観光
引用: https://www.flickr.com/photos/yaffamedia/5987459108/
こちらは、「アーン(壺)の墓」。上部に壺(アーン)のような飾りがあることから、この名前がつけられたとのこと。こちらの遺跡はテラスにのぼることができ、ローマ劇場などが見渡せます。ここからの眺めは最高。
②ヨルダン、イスラエル、両国屈指の観光地『死海』で入浴
引用: https://www.flickr.com/photos/121483302@N02/14535199219/
死海(The Dead Seaח)は、アラビア半島北西部に位置する塩湖。西側はイスラエル、東側はヨルダンに接しています。湖面の海抜はマイナス418mと、地表で最も低い場所にある湖。こちらも「旧約聖書」のソドムとゴモラのくだりに登場しています。入浴中に溺れて、大量の水を飲み込み病院に運ばれる事故も発生しており、身体に傷があると激しく痛みますので、十分ご注意を!
死海周辺のリゾートホテルは「よりどりみどり」!
引用: https://www.flickr.com/photos/colhou/2867506464/
死海周辺にはリゾートホテルが林立しています。どのホテルでも死海の泥や塩を利用したエステやマッサージが楽しめます。向こう側にイエスエルが臨めますね。死海の近くには、旧約聖書に登場するワディ・ムジブやモザイク画で有名なマダバ、モーセの伝説で名高いネボ山などがあります。
③アンマン市内を一望!『アンマン城』観光
引用: https://www.flickr.com/photos/davidstanleytravel/35749508003/
アンマン城は、ジャバル・エル・カラ(Jabal Al-Qala'a)と呼ばれる山(標高850m)の上にある遺跡。ここが「アンマン発祥の地」といわれています。アンマン城は、2世紀の初めにローマ帝国のマルクス・アウレリウス帝(A.D.121~180)が建てたとか。ここからはヨルダンの政治経済の中心地、首都アンマンを一望することができ、展望台の役目も果たしています。
2世紀に建てられたという巨大な「ヘラクレス神殿跡」観光
引用: https://www.flickr.com/photos/tuttotutto/5494136666/
こちらは、コリント様式のヘラクレス神殿跡。神殿の内部にはヘラクレスの像(約9m)がありました。2世紀に建てられたとみられています。眼下には円形劇場を見下ろすことができます。
④現代のヨルダンで現役続行中!『ローマン・アンフィシアター』観光
引用: https://www.flickr.com/photos/8751723@N02/16354043499/
アンマンでもっとも印象的な遺跡は、2世紀にローマ皇帝アントニウス・ピウスによって建てられた円形劇場。丘の斜面につくられた劇場には約6,000人の収容が可能、現在もイベントやコンサートに使われています。丘の斜面に造られ、舞台が北西に向いているので、陽が沈むまで演劇を鑑賞することができました。まさに夕日のスポットライトですね。このローマ劇場は、アンマン城のあるジャバル・エル・カラから見下ろすことができます。
観光客と地元の人の憩いの場でもあるローマ劇場
引用: https://www.flickr.com/photos/27159833@N00/71005193/
現在も利用されているローマ劇場。アンマン市民や観光客の憩いの場となっています。階段がとても急なので、そこだけは十分ご注意ください。
⑤廃墟から出てきた聖ジョージ教会の『マダバ地図』
引用: https://www.flickr.com/photos/156974010@N03/36222022202/
1896年、新しく「マダバ」に移住してきた人々が、家を作ろうと古代の廃墟から切石を運び出していた時に、緻密なモザイクを偶然発見。それが、古代エジプト・パレスチナの地図、いわゆる「マダバ地図」でした。6世紀のパレスチナやエジプト地方の地名と、「聖なる街」としてのエルサレムを表現した現存する最古の地図でもあります。このほかにも、5世紀から7世紀にかけてのモザイク作品がマダバの町中から発見され、観光客を呼んでいます。
マタバは、モザイクで町おこし!
引用: https://www.flickr.com/photos/rocrowley/4436993771/
聖ジョージ教会から歩くこと徒歩5分、19世紀に民家の下から偶然発見されたという「聖マリア教会跡」に着きます。現在は、野外考古学博物館となっており、こちらのモザイクも必見。これらは東ローマ帝国時代およびウマイヤ朝時代のモザイクとされています。
⑥火星に見えなくもない『ワディ・ラム』観光
引用: https://www.flickr.com/photos/twiga_swala/2261775652/
ワーディー(ワディ)・ラム(Wadi Rum:月の谷)はヨルダン南部・アカバ県の県都アカバより東に約60kmの地点に位置する砂岩と花崗岩でできた谷であり、ヨルダン最大のワーディー(涸れ川)です。2015年のハリウッド映画、オデッセイでは、ここを火星に見立てて撮影、アラビアのロレンスやプロメテウスのロケ地にもなっています。2011年には、「ワディ・ラム保護区」として、世界遺産に登録されています。近年、アカバやペトラから日帰りで訪れる旅行者も増加。ラクダやアラブ馬に乗ったり、ロッククライミングやハイキングが楽しめます。
ヨルダンでプチロッククライミング体験
引用: https://www.flickr.com/photos/jumilla/8358941322/
写真の「ジャバル・ウンム・ フルス岩橋」はヨルダンにある岩橋の一つです。よじ登るのは結構大変です。
太古の昔からそのまま残る落書き
引用: https://www.flickr.com/photos/amerune/169464258/
ワーディー・ラムにあるハザリ(Khaz'ali)渓谷には保存状態の良いペトログリフがあります。洞窟の壁にはコーランに登場する失われた部族「サムード族」が暮らしていた時代に描かれた人間や鹿の壁画が残されています。
⑦完璧に近い姿を今に伝える『アムラ城』観光
引用: https://www.flickr.com/photos/davidstanleytravel/36646245316/
アムラ城(Qaṣr 'Amra:カスル・アムラ)は、ヨルダンにある浴場施設を中心としたウマイヤ朝時代の城館遺跡です。1985年、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。アムラ城は、ヨルダンの首都アンマンの東、約80kmに位置します。8世紀にウマイヤ朝のワリード1世が離宮として建設したといわれています。内側にはハマーム(浴場)の跡が残されています。
ハマムあり、妖艶な壁画ありの「アムラ城」
引用: https://www.flickr.com/photos/88657298@N00/6650858531/
内部には、天体図や砂漠の動物、裸婦など、フレスコ技法で描かれた壁画が残されています。芸術的にも大変貴重なものですよね。アムラ城は、王たちが快楽を享受するための場所だったようで、妖艶な絵が多いのも特徴。
⑧ハドリアヌスの凱旋門が圧巻の『ジェラシュ遺跡』観光
ジェラシュはペドラに次ぐ遺跡観光で人気の都市です。ここの遺跡の特徴は、コリント様式で建てられた円柱が、746年に起こった大地震の際にも倒れずに、ほぼ無傷のままで残っていることです。ジャラシュ(Jerash)はヨルダン北部の都市でジャラシュ県の県都。首都アンマンからは北へ48kmの位置にあります。
引用: https://www.flickr.com/photos/ewolivera/29033913772/
写真は「ハドリアヌスの凱旋門」。ハドリアヌス帝は129年から130年にかけてゲラサ(現ジェラシュ)を巡幸しています。ハドリアヌスの凱旋門はこの巡幸を記念して建てられたもの。
2000年近く前から下水道完備
引用: https://www.flickr.com/photos/yoshimai/5118105866/
舗装は当時のままで、馬車がつけた轍が今も残されています。この道(カルド・マキムス)は、長さ600mにもおよびます。地下には下水道が完備され、通りの両側に開けられた穴から雨水が下水へと流れ落ちていました。
ニンフが祀られた美しい噴水跡
引用: https://www.flickr.com/photos/dearanxiety/4331049504/
「ニンファエウム」は、泉の神ニンフを祀るために191年に建てられた噴水。 当時、町の憩いの場となっていました。 この噴水は大変保存状態がよく、当時は半球状の屋根がついていたことがわかっています。7つある獅子の頭の彫刻から歩道の水盤に水が流れ落ち、そこからあふれ出た水が排水溝をつたって地下の下水道に流れ落ちるシステムになっていました。
ヨルダンの観光のまとめ
引用: https://www.flickr.com/photos/rocrowley/4403332347/
2000年前の建物が原型をとどめて残っている...それだけでも木造文化の日本人には不思議なことですが、なにより、巨石をどうやって運んだのか?どうやって高いところまで持ち上げたのか?古代遺跡は謎だらけですよね。自分の目で確かめたら、いいアイデアが浮かぶかもしれません。とはいえ、ヨルダンは遺跡だけではありません。水に浮かびながら読書のできる死海や、大自然を満喫できるワディラムもあります。どれもこれも日本では体験できないことばかり、不安のある方はツアーを利用するなどして、安全に旅行を楽しんでくださいね。※2018年3月現在の情報になります。最新情報は、旅行会社や外務省のサイトをご確認ください。
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ヨルダン観光局 公式ホームページ
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